近年、カスタマーハラスメント(通称:カスハラ)に関するトラブルが増加しています。顧客からの理不尽な要求や過剰なクレームは、従業員の心理的負担を増大させるだけでなく、企業全体の業務効率も低下させます。本記事では、カスハラの定義や具体例、通常のクレームとの違いや企業としての対応策や防止策について詳しく解説します。カスハラへの効果的な対処法を知り、健全な顧客関係を構築するための参考にしてください。
カスハラとは?
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、顧客や利用者が企業や従業員に対して行う、理不尽な要求や過剰な言動を指します。一般的なクレームとは明確に区別される、社会通念上不相当な要求であることが特徴です。
厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」によれば、カスハラは「社会通念上不相当な手段・態様による要求で、労働者の就業環境を害するもの」と定義されています。つまり、正当な要求を超えた、従業員に精神的・身体的な苦痛を与える行為がカスハラに該当するのです。
医療現場や通販サイトなどカスタマーサービスを提供する業種では特に深刻な問題となっており、従業員のメンタルヘルスだけでなく、離職率の上昇など企業経営にも大きな影響を与えています。
カスハラの具体的な種類と事例
カスハラには様々な形があるため、対応策を検討するうえで、どのような種類があるのかを理解する必要があります。代表的なカスハラの種類と具体例を見ていきましょう。
暴言型カスハラ
暴言型カスハラは、顧客が従業員に対して侮辱的な言葉を浴びせたり、大声で怒鳴ったりする行為です。通販サイトのカスタマーサポートスタッフに対して「こんな単純な対応すらわからないのか」「使えない」などの侮辱的な言葉を投げかけるケースが典型例です。このような言葉の暴力は、たとえ一時的であっても受けた側に深い心の傷を残す可能性があるため、見過ごせない問題です。
時間拘束型カスハラ
時間拘束型カスハラは、不必要に長時間にわたって従業員を拘束する行為です。例えば、クリニックの診療時間終了間際に来院し、閉院時間を大幅に過ぎても帰らない、あるいは何度も同じ質問を繰り返して時間を浪費させるなどの行為が該当します。こうした時間の搾取は他の顧客へのサービス提供にも支障をきたし、業務効率を著しく低下させる深刻な問題です。
リピート型カスハラ
リピート型カスハラは、同じ内容のクレームを何度も執拗に繰り返す行為です。通販サイトでは、一度商品不良や配送トラブルについて詳細な説明や対応がなされたにもかかわらず、後日また同様の問い合わせを繰り返し、同じ説明や対応を求めるようなケースが挙げられます。このように一度解決した問題を蒸し返す行為は、業務の円滑な進行を妨げ、従業員の精神的負担を増大させる大きな問題です。
身体的攻撃型カスハラ
最も深刻なカスハラは身体的攻撃型です。これは顧客が従業員に対して直接的な暴力行為を行うケースで、書類や物品を投げつける、突き飛ばす、叩くなどの行為が含まれます。クリニックでは待ち時間に不満を持った患者が受付カウンターを叩いたり、診察結果に納得できないという理由で医療従事者に暴力をふるうケースが報告されています。このような身体的暴力は犯罪行為に該当する可能性もあり、即座に警察への通報を検討すべき深刻な問題です。
カスハラとクレームの違い
カスハラと通常のクレームは明確に区別すべきものです。すべての不満や要望がカスハラになるわけではなく、正当なクレームは企業の改善につながる貴重な情報源でもあります。両者の違いを理解することで、適切な対応が可能になります。
目的の違い:改善要望か嫌がらせか
クレームとカスハラの最も根本的な違いは「目的」にあります。正当なクレームの目的は、商品やサービスの改善、または不具合の解消です。例えば、「注文した商品と異なる商品が届いたので交換してほしい」「予約時間に呼ばれなかったので改善してほしい」などは、サービスの向上を目指す建設的な要望といえるでしょう。
一方、カスハラの目的は嫌がらせや不当な利益の獲得にあります。「気に入らないから全額返金に加えて慰謝料も払え」「無料で高額な商品をよこせ」などの要求は、問題解決ではなく相手を困らせることや理不尽な利益を得ることが目的となっているケースが多いのです。
内容の違い:正当な指摘か過剰な要求か
クレームの内容は通常、商品やサービスの不具合に基づいた具体的な指摘です。例えば、ECサイトで「商品説明と実物の色が異なる」「配送が予定日より大幅に遅れた」などの事実に基づく指摘は正当なクレームといえます。
これに対してカスハラの場合、「絶対に許さない」「社長を出せ」「全従業員の謝罪を要求する」など、問題の大きさに対して明らかに過剰な要求や感情的な攻撃が含まれることが特徴です。クリニックでの例では、少しの待ち時間に対して「一日分の休業補償を要求する」といった不相応な要求がカスハラに該当します。
企業が取るべき対応方法の違い:誠実な対応か毅然とした対応か
クレームとカスハラでは、企業側の適切な対応方法も異なります。正当なクレームに対しては、誠実かつ迅速な対応が求められます。問題点を正確に把握し、適切な解決策を提案することで、むしろ顧客満足度を高めるチャンスとなります。
一方、カスハラに対しては毅然とした態度で対応する必要があります。不当な要求には明確に「対応できない」と伝え、場合によっては警察への相談や法的措置も検討しましょう。カスハラに過剰に譲歩することは、類似の問題を助長するリスクがあるため注意が必要です。
カスハラが企業・従業員に与える影響
カスタマーハラスメントは一時的な問題ではなく、企業全体と従業員個人の双方に深刻な影響を及ぼします。その影響の範囲と深刻さを知り、カスハラ対策の重要性を理解しましょう。
従業員のメンタルヘルスへの影響
カスハラは従業員の精神的健康に重大な悪影響を及ぼします。クリニックの受付スタッフやECサイトのカスタマーサポート担当者など、顧客と直接接する機会の多い従業員は特にリスクが高いです。繰り返しカスハラを受けることで、不安障害やうつ症状、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神疾患を発症するケースも報告されています。
また、「次はどんな理不尽なクレームが来るのか」という恐怖や不安を常に抱えることで、通常業務にも集中できなくなります。カスハラによる精神的ダメージは、一時的なものにとどまらず、長期にわたって従業員の生活の質を低下させる深刻な問題なのです。
企業の生産性と離職率への影響
カスハラは個々の従業員だけでなく、企業全体の生産性にも大きな影響を与えます。一人の従業員がカスハラ対応に長時間拘束されることで、他の業務やほかの顧客への対応が遅れるなどの問題も生じるためです。
さらに深刻なのは、カスハラが原因で優秀な人材が離職するケースです。特に医療機関やカスタマーサービスに関わる職種では、カスハラを理由とした離職率の上昇が経営上の大きな課題となっている企業も少なくありません。人材の流出は新たな採用・研修コストを発生させるだけでなく、サービスの質の低下にもつながる重大な問題です。
企業イメージと顧客満足度への影響
カスハラへの対応が不適切であると、企業イメージや顧客満足度にも悪影響を及ぼします。例えば、カスハラに対して過剰に譲歩する姿勢を見せると、「理不尽な要求をすれば何でも通る」という印象を与え、さらなるカスハラを誘発する恐れがあります。
一方で、正当なクレームまで厳しく対応してしまうと、通常の顧客からの信頼を失うリスクもあります。カスハラと正当なクレームを適切に見分け、バランスの取れた対応をすることが企業の評判維持には不可欠です。特にオンラインレビューやSNSが発達した現代では、一度の不適切な対応が大きな評判リスクとなり得ることを認識しておく必要があります。
カスハラの法的側面と対応
カスタマーハラスメントに対処する際は、法的な側面を理解することも重要です。どのような行為が法律上の問題となるのか、また企業としてどのような姿勢で臨むべきかを把握しておきましょう。
カスハラに関する法律と罰則
現時点ではカスハラを直接規制する特定の法律は存在しませんが、カスハラに該当する行為の多くは既存の法律で罰則の対象となります。例えば、暴言や脅迫は「威力業務妨害罪」や「脅迫罪」、身体的な暴力は「暴行罪」や「傷害罪」に該当する可能性があります。
特に医療現場での患者からの暴言や暴力については、2020年に医療法が改正され、「医療機関の管理者は、医療の安全を確保するため必要な措置を講じるよう努めなければならない」ことが明記されました。これにより、クリニックなどの医療機関は患者からのハラスメントに対して、毅然とした態度で臨む法的根拠が強化されたといえます。
企業の法的責任と従業員保護義務
企業には従業員を守る「安全配慮義務」があります。この義務は労働契約法第5条に明記されており、使用者は労働者の安全に配慮する義務を負っています。つまり、カスハラから従業員を守るための対策を講じないことは、企業としての法的責任を果たしていないと判断される可能性があるのです。
クリニックやECサイト運営企業などでは、カスハラ対策マニュアルの整備や研修の実施、相談窓口の設置などの措置を講じることが求められます。従業員を守る体制を整えることは法的リスク回避だけでなく、従業員の定着率向上や業務効率の改善にもつながる重要な経営課題です。
カスハラへの対応姿勢
カスハラに対しては「毅然とした対応」が基本姿勢となります。具体的には、明らかに不当な要求には「それはお受けできません」と明確に伝え、理由を簡潔に説明することが重要です。例えば、ECサイトで返品期限を大幅に過ぎた商品の返金要求に対しては、規約に基づいて対応できない旨を伝えます。
また、暴言や脅迫など度を超えた言動があった場合は、「そのような言動が続くようであれば、お話を続けることができません」と明確に伝え、必要に応じて通話や面談を中断する判断も必要です。理不尽な要求に応じることは一時的な解決に見えても、長期的には同様の問題を助長するため、組織として一貫した対応方針を持つことが大切です。
企業のカスハラ対策
カスタマーハラスメントに対して企業ができる対策は多岐にわたります。体系的なアプローチで対策を講じることで、従業員を守りながら顧客サービスの質も維持することが可能になります。
対応マニュアルの整備と共有
カスハラ対策の第一歩は、明確な対応マニュアルの整備です。このマニュアルには、カスハラの定義や具体例、対応手順、対応が難しい場合の上位者への報告・引き継ぎの基準などを詳細に記載します。クリニックであれば、待ち時間に不満を示す患者さんへの対応や、診療内容に納得いかないという申し出への段階的な対応手順などを明記します。
ECサイト運営企業では、返品・交換要求や配送トラブルに関するクレームの中で、どのような場合にカスハラと判断するか、その場合どう対応するかの基準を示します。全従業員がマニュアルの内容を十分に理解し、一貫した対応ができるよう定期的な研修や更新が不可欠です。
従業員教育とメンタルケアの体制
カスハラに適切に対応するためには、従業員への教育が欠かせません。ロールプレイングを取り入れた実践的な研修を定期的に実施し、様々なシナリオでの対応力を養うことが効果的です。
同時に、カスハラを受けた従業員のメンタルケア体制も整えておく必要があります。社内カウンセラーの設置や外部の専門機関との連携など、従業員が心理的ダメージを受けた際に迅速にケアを受けられる環境づくりが重要です。
組織としての一貫した対応体制
カスハラ対応は個人任せにせず、組織として一貫した体制で臨むことが重要です。具体的には、対応を上位者に報告・引き継ぎをするときのルールを明確にし、一定レベル以上のカスハラには上司や専門チームが対応する仕組みを作ります。クリニックでは、受付スタッフが対応に困った際には看護師長や院長に引き継ぐルートを確立しておくことが大切です。
ECサイト運営企業では、一般オペレーターが対応に困った際にスーパーバイザーや法務部門へエスカレーションできる仕組みを整えます。個々の従業員に判断を委ねるのではなく、組織として責任を持って対応することで従業員の精神的負担を軽減できるでしょう。
録音・記録の活用と法的対応の準備
カスハラへの対応を適切に行うためには、証拠となる記録を残すことも重要です。電話対応では事前に顧客に告知した上で通話の録音、対面の場合は防犯カメラの設置など、後から検証できる仕組みを整えておきましょう。また、発生したカスハラの内容や対応履歴を詳細に記録するシステムも必要です。
深刻なケースでは法的対応も視野に入れる必要があります。常日頃から顧問弁護士との連携体制を整え、緊急時にはすぐに相談できる関係を構築しておくことが大切です。また、暴力や脅迫など明らかな犯罪行為に対しては躊躇せず警察に通報する方針も事前に決めておくべきでしょう。
カスハラを未然に防ぐための予防策
カスハラは発生してから対応するだけでなく、未然に防ぐための予防策も重要です。顧客との信頼関係を構築し、誤解やトラブルを減らす取り組みがカスハラの発生率を下げる効果があります。
明確な利用規約とポリシーの提示
カスハラ予防の基本は、サービスや商品に関する明確な利用規約やポリシーを事前に提示することです。クリニックでは待ち時間の目安や予約変更のルール、追加料金が発生する条件などを受付や待合室に明示します。
ECサイトでは、配送日数の目安、返品・交換の条件、問い合わせへの対応時間などを詳細かつわかりやすく記載します。曖昧な表現を避け、具体的な数字や条件を示すことで、後のトラブルやカスハラを減らすことができるでしょう。
透明性の高いコミュニケーション
顧客とのコミュニケーションにおいては、透明性を保つことが重要です。例えば、クリニックで予約の患者さんに対して「現在〇〇分程度の遅れが生じています」と定期的にアナウンスすることで、不安や不満を軽減できます。また、治療内容や費用についても事前に詳しく説明し、同意を得ておくことでトラブルを防ぎます。
ECサイトでは、注文後のステータス更新(発送準備中、発送完了、配送中など)をリアルタイムで知らせたり、配送遅延が予想される場合は早めに連絡したりすることが大切です。顧客が「知らされていない」と感じる状況を作らないことが、カスハラ予防につながる重要なポイントです。
従業員のコミュニケーションスキル向上
カスハラを未然に防ぐ上で、従業員のコミュニケーションスキルは非常に重要です。特に「共感の表現」「明確な説明」「適切な言葉遣い」などのスキルは、顧客の不満をエスカレーションさせないためのカギとなります。クリニックのスタッフであれば、患者さんの苦痛や不安に共感しつつも、過度な期待を持たせない説明の仕方を身につけることが大切です。
ECサイトのカスタマーサポート担当者は、文字や電話でのコミュニケーションにおいて誤解を生まないための表現方法を学ぶ必要があります。定期的なコミュニケーション研修を実施し、特に初期対応の質を高めることで、カスハラに発展するケースを減らすことができるでしょう。
顧客満足度向上の取り組み
根本的なカスハラ予防策として、顧客満足度を高める継続的な取り組みも重要です。サービスの質を向上させ、顧客のニーズに応えることで、不満やクレームの発生自体を減らすことができます。クリニックでは待ち時間を有効活用できる環境づくり(Wi-Fi完備、最新の雑誌の設置など)や、丁寧な診察・説明を通じて患者満足度を高める工夫をします。
ECサイトでは商品説明の充実、簡単な注文プロセス、迅速な配送など、顧客体験を向上させる継続的な改善を行います。顧客からのフィードバックを積極的に取り入れ、常にサービス改善を行う姿勢が、結果的にカスハラの予防につながることを認識しておきましょう。
まとめ
本記事では、カスハラの定義から具体例、クレームとの違い、企業として取るべき対策まで幅広く解説しました。カスハラは従業員の精神的健康だけでなく、企業の生産性や評判にも悪影響を及ぼす深刻な問題です。
- カスハラとは顧客からの理不尽な要求や言動であり、通常のクレームとは目的や内容が異なる
- 暴言型、時間拘束型、リピート型、身体的攻撃型など様々な種類がある
- 企業には従業員を守る「安全配慮義務」があり、適切な対策が求められる
- 対応マニュアルの整備、従業員教育、組織としての一貫した対応体制が重要
- 明確な利用規約の提示や透明性の高いコミュニケーションで予防も可能
カスハラに悩む企業は、専門家への相談も検討しましょう。弁護士法人なかま法律事務所では、医療機関やECサイト運営企業に特化したカスハラ対策のアドバイスを提供しています。「クライアントと向き合うこと」をポリシーとし、カスハラによる労務問題や法的リスクへの対応策について、実践的なサポートを行っています。代表弁護士は社会保険労務士の資格も有しており、労務管理の視点からもカスハラ対策をサポートいたします。