景品表示法(不当景品類及び不当表示防止法)は、消費者保護の観点から不当な表示や過大な景品提供を規制する重要な法律です。特にインターネット広告やSNSマーケティングが主流となった現代において、意図せず法律に抵触するリスクが高まっています。本記事では、実際の景品表示法違反事例を紹介しながら、違反した場合のペナルティや具体的な再発防止策について詳しく解説します。
景品表示法とは?
景品表示法は、消費者が商品やサービスを選ぶ際に、正しい情報に基づいて合理的な選択ができるよう、不当な表示や過大な景品提供を規制する法律です。1962年に制定されて以来、消費者保護の観点から数度の改正を重ねてきました。
消費者庁が主な監督官庁として違反行為に対する措置命令や課徴金納付命令を行う権限を持っているため、企業はコンプライアンス体制を整えることが重要です。特にクリニックやECサイトなど、消費者と直接関わる業種では注意が必要です。
規制対象となる「表示」の定義
景品表示法における「表示」とは、事業者が商品・サービスの内容や取引条件について行う広告その他の表示全般を指します。具体的には、商品パッケージ、テレビCM、新聞・雑誌広告、ウェブサイト、SNS投稿、チラシ、店頭POPなど多岐にわたります。
オンライン広告やSNSでの発信も規制対象となるため、ECサイト運営者やクリニックのウェブマーケティング担当者は特に注意が必要です。Instagram等での「モニター募集」や「お試し価格」といった表現も、不適切な使用方法では違反となる可能性があります。
景品表示法の主な規制内容
景品表示法では主に「不当表示の禁止」と「過大な景品類の提供禁止」という2つの規制が柱となっています。不当表示は、優良誤認表示(品質等を実際より著しく優良であると誤認させる表示)と有利誤認表示(取引条件を実際より著しく有利であると誤認させる表示)に大別されます。
優良誤認表示とは
優良誤認表示とは、商品やサービスの品質、規格、効果などについて、実際よりも著しく優良であると消費者に誤認させる表示のことを指します。例えば、美容クリニックが「1回の施術で確実に5kg痩せる」など科学的根拠なく効果を断言するケースが該当します。
この違反は、特に効果や性能を謳う健康食品、化粧品、医療サービスなどの分野で多く見られます。「医学的に実証済み」「臨床試験済み」などの表現を使用する場合は、十分な科学的根拠が必要とされ、根拠が不十分な場合は景品表示法違反となりえます。
ECサイトでの商品説明においても、商品の特性や効果について過大な表現を用いると優良誤認表示に該当する可能性があるため、正確な情報提供を心がける必要があります。
有利誤認表示とは
有利誤認表示とは、商品やサービスの価格や取引条件について、実際よりも著しく有利であると消費者に誤認させる表示のことです。「通常価格10,000円のところ、今だけ5,000円」という広告表現で、実際には10,000円で販売したことがない場合などが典型例です。
また、ECサイトでよく見られる「期間限定セール」や「限定数量」といった表現も、実際には常時その価格で販売していたり、十分な在庫があるにもかかわらず希少性を強調したりする場合は有利誤認表示に該当します。
クリニックにおいても、「通常料金の半額」「モニター価格」などの表現を使う際は、比較対象となる通常料金が実在し、適正であることを確認する必要があります。
その他の不当表示
優良誤認や有利誤認の他にも、景品表示法では以下のような表示も規制対象となっています。
- 原産国の不当表示:「日本製」と表示しながら、実際には海外製造の商品
- 無果汁の表示:果汁が含まれていないのに果実の名称や絵を表示
- おとり広告:実際には販売する意図がない商品を広告で表示
- 消費者に誤認されるおそれのあるその他の表示
特にECサイトでは、商品写真と実際の商品のギャップや、送料無料と謳いながら条件付きである場合など、意図せず消費者に誤解を与える表示をしていないか注意が必要です。
景品表示法違反による企業の法的リスク
景品表示法に違反した場合、企業が直面する法的リスクは多岐にわたります。ここでは、具体的なペナルティと影響について詳しく解説します。
措置命令と公表による影響リスク
景品表示法違反が発覚した場合、消費者庁は措置命令を行うことができます。措置命令では、違反行為の差止め、再発防止策の実施、一般消費者への周知徹底などが命じられます。また、違反企業の社名や違反内容が公表されるため、企業イメージへの深刻なダメージが避けられません。
実際に、ある美容クリニックチェーンは措置命令後にメディアで大きく取り上げられ、予約キャンセルが相次いだことで売上が前年比30%減少したという事例があります。また、ECサイト運営企業では、措置命令公表後に信用低下から取引先からの発注停止や取引条件の見直しを求められるケースも報告されています。
措置命令は、単なる行政処分にとどまらず、企業の信頼性や事業継続に直接影響する重大なリスクです。
課徴金のリスク
2016年の景品表示法改正により導入された課徴金制度は、違反行為による売上高の最大3%(対象期間は最長3年)の課徴金を課すものです。この制度は、違反行為による不当な経済的利得を剥奪し、法令順守へのインセンティブを高める目的があります。
例えば、年商10億円のECサイトが3年間にわたって不当表示を行っていた場合、最大9,000万円の課徴金が課される可能性があります。健康食品通販企業の事例では、優良誤認表示により約8,000万円の課徴金が課されました。
特に利益率の低い業界では、課徴金の支払いが経営を圧迫するリスクがあり、最悪の場合は倒産にもつながりかねません。また、課徴金納付命令も公表対象となるため、企業イメージへの影響も避けられません。
刑事罰のリスク
景品表示法違反の中でも特に悪質なケースでは、刑事罰が科される可能性があります。違反に関与した個人に対しては2年以下の懲役または300万円以下の罰金、法人に対しては3億円以下の罰金が科されます。
実際の適用例は多くありませんが、健康被害を引き起こす可能性がある商品の虚偽広告や、組織的・継続的に行われた悪質な違反などが対象となることがあります。大手通販会社の事例では、痩身効果を謳った健康食品の広告で消費者を欺き、数十億円の売上を得ていたことから刑事告発された例があります。
違反に関与した役員や従業員個人も処罰対象となる可能性があるため、企業としては社内教育や法令順守体制の整備が不可欠です。
消費者からの損害賠償請求リスク
景品表示法違反により消費者が被害を受けた場合、民法上の不法行為や債務不履行に基づく損害賠償請求が行われる可能性があります。特に健康被害や経済的損失が生じた場合、集団訴訟に発展するリスクもあります。
美容医療クリニックの例では、効果を過大に謳った施術により期待通りの結果が得られなかった患者からクラスアクション(集団訴訟)を起こされ、多額の和解金支払いを余儀なくされたケースがあります。
また、ECサイトでは、実際の商品が広告と大きく異なるとして返金要求や損害賠償請求が相次ぎ、カスタマーサポート対応コストの増大や風評被害により事業継続が困難になったケースも報告されています。
業種別に見る景品表示法違反の実例とリスク対策のポイント
景品表示法違反は業種によって発生しやすいパターンが異なります。ここでは、クリニック、ECサイト運営、SNSマーケティングの3つの業種において見られる典型的な違反例を紹介しながら、企業が特に注意すべきリスクとポイントを解説します。
クリニック・医療関連:断定表現や権威づけに注意
医療機関では、効果を断定する表現や、医師や学会の名前を用いた権威づけが誤認を招きやすく、優良誤認表示とされるケースが多くあります。
たとえば、ある美容クリニックは「痛みゼロ」「ダウンタイムなし」と謳って脱毛施術の広告を展開していましたが、実際には施術後に赤みや痛みが生じる可能性があるにもかかわらず断定的な表現を使っていたため、措置命令を受けました。別の医療法人では、「特許取得済みの独自技術」とうたいながら、実際には広く行われている一般的な施術であったことから、消費者に実態以上の品質を誤認させる表現として処分を受けています。
また、「医師が推奨」「○○学会認定」といった権威性を強調する表現も、実際にその裏付けがなければ優良誤認表示となります。ある美容クリニックは「医師が開発した独自成分」と謳っていましたが、実際には市販の成分を使用していたため措置命令を受けました。
医療関連の広告では、効果の個人差や副作用の可能性について適切に開示することが重要です。さらに医療機関では、医療広告ガイドラインと景品表示法の両方を遵守する必要があり、医療広告ガイドラインでは、治療の効果に関する体験談の掲載や、術前術後の比較写真の掲載などに制限がありますが、これらを守らずに過大な効果を示唆する広告を行えば、景品表示法違反にもなりえます。
ECサイト運営:価格表示や在庫表示に注意
ECサイト運営では、価格表示や在庫状況に関する不当表示が多く見られます。「通常価格」や「定価」との比較表示を行う場合、その比較対象価格が実在し、相当期間にわたって販売されていたことが必要です。
また、健康食品を販売するサイトでは「完全無添加」としながら保存料が含まれていたり、「限定100個」「本日限り」と表示して購買意欲を煽りながら、実際には在庫制限がなかったケースも違反として指摘されています。
商品の原産国や品質に関する表示も要注意です。あるアパレルECサイトは「イタリア製」と表示した商品が実際には中国製だったとして措置命令を受けました。加えて、商品画像と実物の乖離にも注意が必要です。過度に修正された商品画像や、実物より品質が優れているように見せる撮影方法は、優良誤認表示に該当する可能性があります。
EC事業者は表示内容が事実と一致しているか、裏付けがあるかを常に確認する姿勢が求められます。「売上No.1」「人気ランキング1位」といった実績訴求も、客観的なデータや出典が示されていない場合は違反となる可能性があります。
SNSマーケティング:ステルスマーケティングやキャンペーン表示に注意
SNSを使ったプロモーションでは、拡散力の高さゆえに誤認の影響範囲も広がりやすく、景品表示法上のリスクも高まります。特に問題視されているのが「ステルスマーケティング」(広告であることを隠した宣伝行為)や、不適切なキャンペーン表示です。
たとえば、あるコスメブランドは、自社商品のステルスマーケティングとして、広告であることを明示せずインフルエンサーに投稿を依頼し、あたかも自発的な推奨であるかのように見せかけたことで措置命令を受けました。
また、ある通販サイトは、SNS上で「フォロー&いいね」で抽選に参加できるキャンペーンを実施し、当選確率を不当に高く見せたことで景品表示法違反となるケースもありました。
SNSでのPR投稿には「広告」「PR」などの明示が必要であり、当選条件や抽選方法も消費者が誤解しないよう具体的に記載する必要があります。2022年には、消費者庁がステルスマーケティングに関するガイドラインを公表し、広告主の義務が明確化されています。インフルエンサーとの契約時には、表現ルールやガイドラインを明確に定めておくことがリスク軽減につながります。
景品表示法違反の再発防止策
景品表示法違反を防ぐためには、体系的なコンプライアンス体制の構築が不可欠です。ここでは、効果的な再発防止策について解説します。
社内体制の整備と教育プログラム
景品表示法違反防止の第一歩は、適切な社内体制の整備です。まず、広告やマーケティング部門だけでなく、経営層を含めた全社的な取り組みとして位置づけることが重要です。広告審査委員会などの専門部署を設置し、マーケティング施策の法的チェック体制を確立しましょう。
定期的な社員教育も効果的です。景品表示法の基本的な内容から、業界特有の注意点、最新の違反事例まで、体系的なトレーニングプログラムを実施することで、従業員の意識向上を図ります。ある美容クリニックチェーンでは、年4回の全スタッフ研修と、新入社員向けの特別カリキュラムを導入し、違反リスクを大幅に削減しました。
チェックリストやガイドラインの作成は、日常業務での違反防止に特に効果的です。広告制作や商品説明文作成の際に確認すべき項目をリスト化し、統一的な基準で審査できる体制を整えましょう。
広告表現のチェック体制構築
効果的な広告審査体制を構築するには、複数の視点からのチェックが重要です。マーケティング担当者だけでなく、法務担当者や外部の専門家も交えた審査プロセスを確立しましょう。特に医療広告やサプリメント広告などの専門性の高い分野では、業界に精通した弁護士や専門家のチェックが不可欠です。
エビデンスファイルの作成・保管も重要な取り組みです。広告で使用した各表現の根拠資料(研究データ、比較価格の販売実績、ランキングの調査方法など)を体系的に整理し、必要時にすぐ提出できる状態にしておきましょう。
モニタリングと定期的な自主点検
コンプライアンス体制を維持するためには、継続的なモニタリングと自主点検が欠かせません。定期的な内部監査により、社内ルールの遵守状況を確認し、問題点を早期に発見・修正することが重要です。
業界団体や同業他社の違反事例も積極的に収集・分析し、自社の施策に反映させることも有効です。最新の行政処分事例を定期的にレビューし、社内向けにケーススタディとして共有する取り組みは、予防意識の向上に役立ちます。
消費者からのクレームや問い合わせは、潜在的な違反の兆候を示すシグナルである可能性があります。これらの情報を体系的に収集・分析し、早期に対応する体制を整えましょう。
外部専門家の活用方法
景品表示法遵守のためには、外部の専門家を効果的に活用することも重要です。弁護士や広告審査の専門家に定期的なレビューを依頼することで、社内だけでは気づきにくい問題点を発見できます。特に医療広告や健康食品広告など、専門性の高い分野では、その業界に詳しい専門家のチェックが不可欠です。
専門家の活用方法としては、定期的な広告審査会への参加依頼、マニュアル・ガイドラインの作成支援、社員研修の講師依頼、緊急時の相談体制の確立などが挙げられます。あるクリニックチェーンでは、医療広告に詳しい弁護士と顧問契約を結び、毎月の広告審査会に参加してもらうことで、コンプライアンス体制を強化しています。
また、業界団体が提供する相談窓口やセミナーも積極的に活用しましょう。日本通信販売協会や日本化粧品工業連合会などの業界団体は、会員企業向けに景品表示法に関する情報提供や相談サービスを行っています。
専門家への相談は、コストではなく投資として捉える視点が重要です。違反による損害賠償や課徴金、ブランドイメージの棄損と比較すれば、予防的な専門家活用のコストは決して高くありません。
万が一違反が起きてしまった場合の対応
景品表示法違反が発覚した場合、迅速かつ適切な対応が被害の最小化につながります。ここでは、違反発覚時の対応フローや、確約手続制度の活用方法について解説します。
違反発覚時の初動対応
景品表示法違反の疑いが生じた場合、まず社内調査チームを編成し、事実関係の把握に努めましょう。広告担当者への聞き取り、関連資料の収集、表示内容と実態の比較など、詳細な調査を行います。調査の過程では、関連書類の保全や証拠の紛失防止にも留意が必要です。
次に、違反の程度や影響範囲を評価します。どのような表示が問題になるのか、どれだけの期間継続していたか、消費者への影響はどの程度かなどを明確にします。特に健康被害の可能性がある場合は、その程度や範囲も慎重に評価しましょう。
調査結果に基づき、是正措置を迅速に実施します。問題のある広告の差し止め、Webサイトの修正、店頭POP等の回収・修正などを行います。初動対応の迅速さと透明性が、消費者庁の判断や社会的評価に大きく影響するため、問題の先送りや隠蔽は絶対に避けましょう。
消費者対応と情報開示
違反が確認された場合、影響を受ける消費者への適切な対応が重要です。まず、該当商品やサービスの購入者に対する情報開示を検討します。通知方法としては、Eメール、ダイレクトメール、Webサイトでの告知などがありますが、影響の程度や顧客情報の有無によって最適な方法を選択しましょう。
情報開示の内容としては、問題の概要、是正措置の内容、消費者への影響と対応策(返金・交換など)、再発防止策などを明確に説明します。誠実でわかりやすい説明は、消費者の信頼回復につながります。
また、顧客からの問い合わせに対応するための専用窓口を設置することも効果的です。あるECサイト運営企業では、価格表示の問題発覚後、専用コールセンターを設置し、返金対応とともに丁寧な説明を行ったことで、ブランドイメージの大幅な低下を防いだ事例があります。
消費者への対応は単なる損害回復にとどまらず、信頼関係の再構築の機会として捉えることが重要です。誠実で透明性のある対応は、長期的な企業価値の維持につながります。
確約手続制度の活用
2019年の景品表示法改正で導入された「確約手続制度」は、違反の疑いがある事業者が自主的に問題解決を図る制度です。この制度を活用すると、正式な措置命令を回避できる可能性があります。
確約手続きの流れは次のとおりです。まず、消費者庁から違反の疑いについて通知を受けた事業者は、30日以内に「確約計画」を申請します。確約計画には、違反行為の中止、再発防止策、消費者への情報開示など具体的な対応策を記載します。
消費者庁が確約計画を認定すれば、措置命令などの法的措置はとられません。ただし、計画の実施状況は消費者庁によって監視され、計画が履行されない場合は改めて法的措置の対象となる可能性があります。
確約手続制度は、事業者が自主的かつ積極的に問題解決に取り組む姿勢を示す機会であり、適切に活用することで企業価値への悪影響を最小化できる可能性があります。
この確約手続制度は事業者にとって、法的措置を回避し、問題を早期に解決するための有効な手段ですが、制度の適切な活用には専門的な知識と経験が求められます。制度の利用方法や確約計画の作成、監視対応に関して不安がある場合、または確約手続きの実施過程でのアドバイスが必要な場合は、専門家への相談をお勧めします。
まとめ
景品表示法違反は企業にとって深刻な法的・経済的リスクをもたらします。本記事では、様々な違反事例や法的リスク、そして効果的な再発防止策について解説してきました。
- 景品表示法は優良誤認表示や有利誤認表示などを規制し、違反すると措置命令や課徴金納付命令などの行政処分の対象となる
- クリニックやECサイト運営者は業種特有の違反リスクに注意し、適切な広告表現を心がける必要がある
- 効果的な再発防止策としては、社内教育体制の整備、広告審査プロセスの確立、外部専門家の活用が重要
- 違反が発覚した場合は、迅速な初動対応と消費者への誠実な情報開示が信頼回復のカギとなる
- 確約手続制度を適切に活用することで、法的措置を回避しながら問題解決を図る道も開かれている
景品表示法遵守は、単なる法的義務を超えた企業の社会的責任です。適切なコンプライアンス体制を整備し、消費者との信頼関係を築くことが、持続可能な企業成長の基盤となるでしょう。
景品表示法違反に関するご不安や疑問がある場合は、専門家への相談をお勧めします。弁護士法人なかま法律事務所では、特にクリニック運営やEC事業者に特化した景品表示法関連のコンサルティングを提供しています。広告審査体制の構築支援や、コンプライアンス研修の実施、万が一の違反時の対応サポートなど、企業の状況に応じた適切なアドバイスを行っています。不安な広告表現や社内体制の見直しなど、お気軽にご相談ください。