近年、カスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題として注目されており、接客業や医療現場、ECサイトの顧客対応など、様々な業種でカスハラに悩まされる方が増えています。被害が深刻化すると、企業の対応だけでは解決が難しくなり、警察への相談が必要になるケースもあります。しかし「どのような状況で警察に相談すべきか」「相談するとどうなるのか」といった疑問を持つ方も多いでしょう。本記事では、カスハラ被害で警察に相談する際の判断基準や具体的な対応手順、企業として取るべき対策までを詳しく解説します。
カスハラとは?警察に相談すべき状況の見極め方
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、顧客が企業や従業員に対して行う理不尽な要求や言動、暴力的な振る舞いを指します。日常的な接客の現場で発生することが多く、特に医療機関やクリニック、ECサイトの顧客対応などで問題となっています。
カスハラの定義と一般的な事例
カスハラには様々な形態があります。例えば、クリニックでの診察待ち時間に対する過剰なクレームや、ECサイトでの配送遅延に対する暴言、理不尽な返品要求などが挙げられます。また、SNSでの誹謗中傷や風評被害の拡散も、デジタル時代特有のカスハラと言えるでしょう。
カスハラは単なるクレームとは異なり、企業や従業員の人格を否定するような言動や、業務を著しく妨げる行為が含まれます。例えば、長時間にわたる説明の要求や、同じ内容の問い合わせを繰り返すなど、通常の顧客対応の範囲を超えた行為が該当します。
警察に相談・通報すべきカスハラの基準
どのようなカスハラ事例が警察案件となるのでしょうか。警察に相談や通報をすべき状況には、主に以下のような基準があります。
まず、刑法や軽犯罪法に抵触する可能性がある行為が含まれるケースです。例えば、暴力行為や脅迫、ストーカー行為などが該当します。また、店舗内で大声を出し続ける、商品を投げるなどの行為も、状況によっては威力業務妨害罪に該当する可能性があります。
従業員や他の顧客の安全が脅かされている状況では、迷わず警察に通報すべきです。受付でスタッフを脅す言動を見せたり、問い合わせ窓口に対して執拗な嫌がらせが続いたりするようなケースが該当します。
また、退去を求めても応じないなど、明らかな業務妨害行為も警察への通報を検討すべき状況です。例えば、営業時間外にもかかわらず店舗から出ていかない顧客や、繰り返し来店して業務を妨げるような行為が挙げられます。
カスハラ被害で警察に相談する前に確認すべきこと
警察に相談する前に、企業内で対応できる範囲か、本当に警察の介入が必要な状況かを見極めることが大切です。相談前の準備を整えることで、より適切な対応が期待できます。
企業内での対応策を尽くす
まずは社内でのエスカレーションや対応策を検討しましょう。多くのカスハラは、初期段階での適切な対応によって深刻化を防ぐことができます。カスタマーサポートの責任者や管理者など、上位の担当者が対応することで解決するケースも少なくありません。
企業としての対応方針やガイドラインを事前に整備しておくことも重要です。例えば「暴言があった場合は一旦対応を中断する」「複数人で対応する」などのルールを設けておくと、従業員も冷静に対処できるようになります。
証拠の収集と記録の重要性
カスハラ行為の証拠を記録しておくことは、警察への相談時に非常に重要です。証拠があることで、警察は状況をより正確に把握し、適切な対応を取ることができます。
証拠として有効なものには、防犯カメラの映像、録音データ、メールやSNSのメッセージのスクリーンショット、従業員や目撃者の証言などがあります。これらを日時や場所と共に記録しておくことで、カスハラの実態を客観的に示すことができます。
プライバシーや肖像権に配慮しながら、法的に問題のない範囲で証拠を収集することが大切です。例えば、店内に「安全管理のため録画・録音を行っている」と掲示しておくことや、利用規約に「不適切な問い合わせは記録される」旨を明記しておくことが有効です。
特に継続的なカスハラ行為に対しては、時系列でのログを作成しておくと、警察への説明がしやすくなります。「いつ」「どこで」「誰が」「何をしたか」を具体的に記録しましょう。
法的な観点から見たカスハラ行為の位置づけ
カスハラ行為は、その内容によって様々な法律に抵触する可能性があります。主な関連法規と罪状には以下のようなものがあります。
行為の種類 | 該当する法律・罪状 | 罰則の目安 |
---|---|---|
暴力・暴行 | 刑法第208条(暴行罪) | 2年以下の懲役または30万円以下の罰金 |
脅迫 | 刑法第222条(脅迫罪) | 2年以下の懲役または30万円以下の罰金 |
執拗な電話・メール | ストーカー規制法 | 1年以下の懲役または100万円以下の罰金 |
退去要請に応じない | 刑法第130条(不退去罪) | 3年以下の懲役または10万円以下の罰金 |
業務妨害 | 刑法第233条(業務妨害罪) | 3年以下の懲役または50万円以下の罰金 |
これらの法的知識を持っておくことで、どのような状況で警察に相談すべきかの判断材料になります。また、警察に相談する際にも、具体的な罪状を念頭に置いて説明できると、より適切な対応を受けられる可能性が高まります。
カスハラ被害で警察に相談・通報する具体的な手順
カスハラ被害が深刻化し、企業内での対応だけでは解決が難しいと判断した場合は、警察への相談を検討しましょう。ここでは、実際に警察に相談・通報する際の具体的な手順を解説します。
緊急性の判断と警察への相談・通報の方法
まず、状況の緊急性を判断することが重要です。生命や身体に危険が及ぶような緊急事態の場合は、ためらわずに110番通報を行いましょう。一方で、緊急性はないものの相談が必要な場合は、警察相談専用電話「#9110」や最寄りの警察署の生活安全課などに相談することが適切です。
例えば、顧客からの執拗な電話やSNSでの誹謗中傷に悩んでいる場合は、まずは「#9110」や警察署への相談から始めるとよいでしょう。逆に、顧客が暴れるなど、従業員や周囲の人に危害が及ぶ恐れがある場合は、躊躇せずに110番通報を行うべきです。
警察に相談・通報する際は、冷静かつ簡潔に状況を伝えることが大切です。特に110番通報の場合には、何が起きているのか(暴力、脅迫、不退去など)、どこで起きているのか(住所や目印となる建物など)、いつ起きたのか(現在進行中か過去の出来事か)、被害者や加害者の人数や特徴、怪我人の有無や凶器の使用の有無を明確に伝えましょう。
このように適切に情報を伝えることで、警察も迅速かつ適切な対応を行いやすくなります。
警察に相談・通報した後の対応
警察に相談・通報した後は、警察からの指示に従って対応しましょう。状況によっては、被害届の提出を勧められることもあります。被害届は犯罪の被害に遭ったことを警察に申告する文書で、捜査を開始するための基礎資料となります。被害届を提出することで、警察は正式に捜査を行うことができます。
被害届提出の際は、具体的な被害状況や証拠を整理して持参すると手続きがスムーズに進みます。また、警察から事情聴取やその後の調査協力を求められる場合もあります。従業員の証言や追加の証拠提出など、必要に応じて協力することで、問題解決につながるでしょう。
民事的解決の選択肢と法的措置
カスハラ被害は、刑事手続きと並行して民事的な解決を図ることも可能です。具体的には、精神的苦痛や業務妨害による損失の賠償を求める損害賠償請求、加害者が被害者に接近することを禁止する裁判所の命令である接近禁止の仮処分、そして業務を妨害する行為の差し止めを求める営業妨害禁止の仮処分などがあります。
これらの民事的解決には弁護士のサポートが不可欠です。たとえばカスハラによって業務が妨げられ収入が減少した場合、その損害を算定して賠償請求を行うことが考えられます。また、誹謗中傷によるブランドイメージの毀損や風評被害による売上減少などの損害を請求することが可能です。
民事訴訟を検討する際は、費用対効果を考慮し、企業としての対応方針を明確にしておくことが重要です。すべてのカスハラ案件で法的措置を取ることは現実的ではないため、ケースバイケースでの判断が求められます。
企業におけるカスハラ対策と連携体制の構築
カスハラ対策は事後対応だけでなく、予防的な取り組みも重要です。企業として、従業員を守るための体制づくりと、連携方法を整備しておくことが求められます。
事業所内の環境整備
カスハラ予防のためには、事業所内の物理的な環境整備も効果的です。適切な環境は従業員の安全を確保するだけでなく、カスハラ行為の抑止にもつながります。
まず、防犯カメラの設置は強力な抑止力となります。顧客と接する場所には防犯カメラを設置し、「防犯カメラ作動中」の表示を明示することで、カスハラ行為を未然に防ぐ効果が期待できます。
また、カウンターの高さや幅を工夫し、顧客と従業員の間に適切な距離を確保することも重要な対策です。さらに、緊急時にすぐに警備会社や警察に通報できるシステムを導入することで、従業員の安全確保につながります。
明確なルールとポリシーの策定
カスハラを予防するためには、企業としての明確なルールやポリシーを策定し、顧客に周知することが重要です。こうしたルールは、不適切な行為に対する企業の姿勢を示すとともに、トラブル発生時の対応基準にもなります。
迷惑行為に対する対応方針を明確に示し、必要に応じて警察に通報する旨を表示することで抑止効果が期待できます。例えば、「暴言・脅迫・暴力行為があった場合は、警察への通報および法的措置を取らせていただくことがあります」といった注意書きを掲示することで、カスハラ行為を抑制する効果があります。
これらのルールやポリシーは、店舗内の見やすい場所に掲示したり、Webサイトの利用規約に明記したりすることで、顧客に周知しましょう。クリニックでは待合室や受付に、ECサイトでは注文確認画面や問い合わせフォームにこうした情報を表示するとよいでしょう。
社内マニュアルの整備とトレーニング
カスハラに対応するための社内マニュアルを整備し、従業員への教育・トレーニングを行うことが効果的です。マニュアルには、カスハラの定義、対応手順、エスカレーションのタイミング、警察への通報基準などを明記しましょう。
特に悪質なケースへの対応手順を具体的に示しておくことで、従業員が冷静に対処できるようになります。例えば、「暴言や脅迫があった場合は対応を中断し上司に報告する」「身の危険を感じた場合はその場を離れ、安全な場所から警察に通報する」といった明確な指示が効果的です。
マニュアルは単に作成するだけでなく、全従業員への周知と定期的な研修を通じて実効性を高めることが必要です。新人研修や定期ミーティングで対応方法を確認し、具体的な対応例を用いたロールプレイングを行うなどの取り組みが効果的です。
社内相談窓口の設置と運用
カスハラに遭遇した従業員が安心して相談できる窓口を設けることは、早期対応と従業員の精神的負担軽減に効果的です。この窓口はカスハラに限定する必要はなく、セクハラやパワハラなど、様々なハラスメントに対応できる総合的な相談窓口として機能させることができます。
相談窓口の設置にあたっては、相談のしやすさと秘密保持に配慮することが重要です。具体的には、直属の上司を通さずに相談できる仕組みや、匿名での相談も受け付けるなどの工夫が有効です。
相談を受けた際の対応フローを明確にし、組織として一貫した対応ができる体制を整えることが重要です。こうした体制があることで、従業員は一人で問題を抱え込まずに済みます。
警察との事前連携と緊急時の対応準備
万が一の事態に備えて、管轄の警察署と事前に連携しておくことも有効です。地域の交番や警察署の生活安全課と日頃からコミュニケーションを取り、緊急時の対応について相談しておくとよいでしょう。
具体的な連携方法としては、管轄の警察署の担当者と面談し、業種特有のリスクを共有することや、緊急時の連絡先リスト(警察署直通番号など)を作成し社内で共有するなどが挙げられます。また、防犯訓練や講習会に参加して適切な対応方法を学ぶほか、24時間営業の店舗などでは警察官立ち寄り所としての登録を検討するのも効果的です。
110番通報のシミュレーションを社内で実施しておくことも有効です。緊急時に何を伝えるべきか、どのような手順で対応するかを事前に練習しておくことで、実際の場面でも冷静に行動できるようになります。
弁護士や専門家との連携によるリスク管理
カスハラ対策においては、弁護士や専門家との連携も重要です。法的な判断が必要なケースや、対応が長期化する可能性がある場合は、早い段階から専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。
特に弁護士や社会保険労務士など、法律や労務に詳しい専門家との連携は、適切な対応を取る上で大きな助けになります。顧問弁護士との契約を結んでおくことで、カスハラが発生した際に迅速な法的アドバイスを受けることができます。弁護士は、カスハラ行為の法的な位置づけを明確にし、警告書の送付や損害賠償請求、業務妨害に対する法的措置など、状況に応じた適切な対応について提案してくれます。
実際のカスハラ事例と警察対応の実績
カスハラ被害に対する警察の対応はケースによって異なります。ここでは実際の事例を通して、どのような状況で警察が介入し、どのような結果につながったのかを見ていきましょう。
クリニックでのカスハラ事例と警察対応
医療現場はカスハラが発生しやすい環境です。患者の不安や痛みから感情的になりやすく、また医療従事者は対応に追われる中で適切な対処が難しいケースもあります。実際のクリニックでのカスハラ事例を見てみましょう。
ある皮膚科クリニックでは、処方された薬が効かないという理由で患者が激昂し、待合室で大声を出して医師を罵倒し続けるという事態が発生しました。他の患者も怯える中、スタッフが冷静に対応を試みましたが収まらず、患者は診察室の備品を投げ始めました。
クリニック側は直ちに110番通報を行い、警察が到着するまでの間、他の患者を別室に誘導して安全を確保しました。警察官が到着すると、まず当事者を分離し、状況の把握を行いました。加害患者は警察官の説得により落ち着きを取り戻し、最終的には自ら退去しました。
この事例では、物理的な暴力や器物損壊があったため、警察は器物損壊罪の疑いで事情聴取を行い、クリニック側は被害届を提出しました。結果として加害患者には厳重注意がなされ、クリニックへの接近を控えるよう指導されました。また、クリニック側は今後の対応として、この患者の診察は断る旨を伝え、他院を紹介することで解決しました。
ECサイト運営企業でのカスハラと警察対応
ECサイト運営企業では、対面でのやり取りがないため別の形でのカスハラが発生します。特に返品や交換、配送トラブルに関連するケースが多く見られます。実際の事例を紹介します。
あるアパレル系ECサイトでは、購入から3か月以上経過した商品の返品を求める顧客からのクレームが発生しました。利用規約に記載された返品期限(14日以内)を説明しても納得せず、顧客は同じ内容のメールを1日に何十通も送りつけるようになりました。
さらに、企業の公式SNSアカウントや、従業員の個人アカウントにまで執拗なメッセージを送り、誹謗中傷を書き込むようになったため、業務に支障をきたす状況となりました。企業側は警察の生活安全課に相談し、状況の記録と証拠の保存方法についてアドバイスを受けました。
その後も行為がエスカレートし、顧客が会社に押しかけてくるようになったため、ストーカー規制法違反と業務妨害の疑いで被害届を提出しました。警察は加害者に対して警告を行い、行為が止まらない場合は刑事責任を問う可能性があることを伝えました。結果として加害行為は収まり、企業側は顧問弁護士を通じて接触禁止を求める内容証明を送付し、事態の収束を図りました。
カスハラ対応における警察の限界と企業側の対策
警察への相談は有効な手段ですが、全てのカスハラに対して警察が介入できるわけではありません。警察対応には一定の限界があることを理解し、企業側の対策も併せて検討する必要があります。
例えば、明確な犯罪行為に至っていない単なる高圧的な態度や、長時間の説明要求や繰り返しの問い合わせなど犯罪とは言えない迷惑行為、さらにSNSでの批判的な投稿(個人への誹謗中傷ではなく企業への批判)や、一回限りの感情的な言動で継続性がないものなどは、警察が介入しにくいケースとして挙げられます。
こうしたケースでは、警察に相談しても「民事での解決を」と案内される可能性が高いため、企業独自の対策として顧問弁護士を通じた警告書の送付や利用規約の厳格化などを検討することが必要です。
また、業界団体や同業他社との情報共有も有効です。特定の顧客による同様の行為が他社でも発生していないか情報交換を行うことで、より効果的な対応策を見つけることができるでしょう。
まとめ
カスハラ問題は企業だけで解決するのが難しいケースも多く、状況に応じて警察への相談や法的措置を検討することが重要です。本記事では、カスハラで警察に相談する際の判断基準から具体的な対応手順、その後の流れまでを解説しました。
- カスハラが犯罪行為(暴力、脅迫、ストーカー行為など)に該当する場合は警察への相談を検討
- 相談前に証拠の収集と記録を徹底し、具体的な事実に基づいて説明できるよう準備
- 緊急性の判断に基づき、110番通報か#9110などの相談窓口を適切に選択
- 社内マニュアルの整備と従業員トレーニングで予防と初期対応の体制を構築
- 弁護士や専門家と連携し、法的・組織的な対策を総合的な実施が重要
カスハラから従業員を守るためには、企業としての明確な方針と対応体制の構築が不可欠です。必要に応じて専門家のアドバイスを受けながら、適切な対応を心がけましょう。
カスハラ対応でお悩みの企業様は、弁護士法人なかま法律事務所にご相談ください。当事務所は「クライアントと向き合うこと」をポリシーとし、迅速なレスポンスと企業経営のトータルサポートを提供しています。特に医院・クリニック業やEC業など、カスハラが発生しやすい業種に精通しており、顧問契約による継続的なサポートから個別のカスハラ対応まで、企業の状況に応じた適切なアドバイスを提供いたします。カスハラ対策の強化や従業員を守るための法的対応についてもお気軽にご相談ください。